2008年04月24日
人権保障規定の斬新さ
さてこの問題解決方法はどこにあるのでしょうか。
ヴァイマル憲法の最大の特徴は、人権保障規定の斬新さにある。自由権に絶対的な価値を見出していた近代憲法から、社会権保障を考慮する現代憲法への転換がこのヴァイマル憲法によってなされ、その後に制定された諸外国の憲法の模範となった。当時は、世界で最も民主的な憲法とされ第1条では国民主権を規定。
統治制度の面では、国家元首に、直接選挙で選ばれる大統領(任期7年)を置き、憲法停止の非常大権などの強大な権限を与えた。また、大統領は首相の任免を行う、半大統領制を初めて採用した。議会は、国民代表のライヒ議会と、州(ラント)代表のライヒ参議院からなる両院制である。大統領は議会の解散権を有し、議会は不信任決議をすることで首相を罷免させることができる。司法機関は、通常裁判所の他に、国事裁判所がある。
問題点
当時、最も民主的な憲法として公布されたが、ヴェルサイユ条約による多額の賠償金によってドイツ国内の経済が圧迫、インフレを招いた。世界恐慌と相まって経済は一層混乱し、ヴァイマル共和国政府への信頼は失墜し、民主制への期待は次第に不満へと変わっていった。さらに、大幅に増強された大統領の権限がヒンデンブルクの独裁的政治を敷く温床となった。結果的にこの大統領権限の強化が全権委任法によるヒトラーのファシズムを築く基盤となった。また、少数政党がおきやすい選挙制度であり、中立的民主主義をとってたため反ワイマール憲法派の政党が国会を乱すきっかけを作ってしまった。皮肉にも国民のための憲法は、国民と時代に見棄てられたばかりか、史上最悪のジェノサイドと世界大戦に繋がってゆくことになる。
ナチスが台頭し、立法権と行政権の融合を図る「全権委任法」が制定された後も憲法は廃止されなかったが、現在の研究では「全権委任法」が制定されたとき、事実上ヴァイマル憲法は死文化したと考えられている。
この失敗を基に、戦後のドイツ連邦共和国の憲法典であるボン基本法では大統領の権限を儀礼的な役割に限定し、また国民に自由主義・民主主義を擁護する義務があるとしている。
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